マトリョーシカと日本

マトリョーシカと日本

マトリョーシカの第一号が飾られているセルギエフ・ポサード(旧・ザゴルスク)の博物館には「日本に教わった」という縁起が記されてある。
隣にはモデルとなったとされている箱根七福神の入れ子人形も展示されているらしい。

マトリョーシカ
いろいろな説がある中

【1】1890年代半ば、モスクワ郊外に住むS. I. マーモントフ夫人と画家S. V. マリューチンと
ザゴルスクのろくろ師V. ズビョズドチキンによって、モスクワの工房「子供の教育」で制作されたという説。

【2】19世紀末、箱根にあった正教会の避暑館にやってきたロシア人修道士が、本国への土産に持ち帰った
箱根細工の入れ子人形(こけし・だるま・七福神)がマトリョーシカのもとになったと言われている説。

【3】日露戦争で、愛媛県・松山捕虜収容所のロシア兵が愛媛県の郷土玩具の一つ、姫だるまをまねて作ったという説。

【3】の説はは1900年にパリ万博でマトリョーシカ人形が銅メダルを獲得している事実と
時期的に矛盾しているので1、2の説が有力との事。

お土産屋さんなどで日本円で何百円のものから、何十にも入れ子構造され
顔も上品な作りの何十万円の物まで幅広くありますが、あまりに安いやつは
上手く空かない物があるので買う前にチェック必要です。

空港などで売られている物は町で売られている物より、平気で2倍、3倍するのでできれば観光中に!

ロシアの文化に少なからず日本の文化が融合していると言う事に、歴史はともあれとても親近感を覚えます。


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